刑事裁判例

平成29年(あ)第2073号 詐欺,窃盗,詐欺未遂被告事件

令和2年1月23日 第一小法廷判決

主 文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理 由

検察官及び弁護人の各上告趣意のうち判例違反の主張について

1 第1審は,犯行日を平成27年5月とする窃盗1件,詐欺1件,詐欺未遂3件については被告人を有罪とし,懲役2年6月,4年間執行猶予に処したが,犯行日を同年3月とする,平成28年6月28日付け起訴状記載の各公訴事実(詐欺3件。以下「本件公訴事実」という。)については無罪を言い渡した。本件公訴事実の要旨は,被告人は,いずれも家電量販店において,(1) 不正に入手したAを被保険者とする健康保険被保険者証及びA名義のクレジットカードを使用してAになりすましてクレジット機能付きポイントカードをだまし取ろうと考え,入会申込端末を使用して,氏名入力画面に「A」と入力するなどし,カード発行手続業務等の業務委託を受けている会社の社員に対し,Aになりすまし,Aを被保険者とする健康保険被保険者証及びA名義のクレジットカードを提出するなどして,クレジット機能付きポイントカードの交付を申し込み,同ポイントカード1枚の交付を受け,(2) 上記家電量販店店員に対し,Aになりすまし,上記ポイントカードを提示して財布2個等4点の購入を申し込み,その交付を受け,(3) 同店店員に対し,Aになりすまし,上記ポイントカードを提示してゲーム機1個の購入を申し込み,その交付を受け,それぞれだまし取ったというものである。

2 被告人及び検察官の双方は,第1審判決に対し,いずれも事実誤認を主張して控訴した。

原判決は,全ての事実について犯人ではないから無罪であるとする被告人の主張を排斥し,本件公訴事実について,第1審判決は,被告人の犯人性を推認させ,又はその推認力を補強する間接事実の推認力や第1審関係証拠の証明力の評価を誤った上,これらを分断的に評価し,適切な総合評価を行わなかった結果,被告人が犯人であったとするには合理的な疑いが残るとの結論を導いたものであり,この認定,判断は,論理則,経験則等に照らして不合理であるといわざるを得ないとして,事実誤認を理由に第1審判決を破棄した。さらに,第1審判決が公訴事実の存在を認めるに足りる証明がないとして,被告人に対し,無罪を言い渡した場合に,控訴審において自ら何ら事実の取調べをすることなく,訴訟記録及び第1審裁判所において取り調べた証拠のみによって,直ちに公訴事実の存在を確定し有罪の判決をすることは,刑訴法400条ただし書の許さないところとするのが最高裁判例(昭和26年(あ)第2436号同31年7月18日大法廷判決・刑集10巻7号1147頁,昭和27年(あ)第5877号同31年9月26日大法廷判決・刑集10巻9号1391頁。以下,両者を併せて「本件判例」という。)であると言及しつつ,同条ただし書に関する本件判例の解釈は,今日においては,その正当性に疑問があるとした。そして,本件控訴審においては一切事実の取調べをしていないが,直ちに判決をすることができるとして自判し,被告人を本件公訴事実についても有罪として,懲役2年6月に処した。

3 上記昭和31年7月18日大法廷判決は,事件が控訴審に係属しても被告人は,憲法31条,37条等の保障する権利は有しており,公判廷における直接審理主義,口頭弁論主義の原則の適用を受けるのであって,被告人は公開の法廷において,その面前で適法な証拠調べの手続が行われ,被告人がこれに対する意見弁解を述べる機会を与えられなければ,犯罪事実を確定され有罪の判決を言い渡されることのない権利を保有するとした上で,「本件の如く,第1審判決が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言渡した場合に,控訴裁判所が第1審判決を破棄し,訴訟記録並びに第1審裁判所において取り調べた証拠のみによって,直ちに被告事件について犯罪事実の存在を確定し有罪の判決をすることは,被告人の前記憲法上の権利を害し,直接審理主義,口頭弁論主義の原則を害することになるから,かかる場合には刑訴400条但書の規定によることは許されないものと解さなければならない。」として原判決を破棄し,事件を第1審裁判所に差し戻した。そして,上記昭和31年9月26日大法廷判決も同旨の判断をした。その後,本件判例に従った最高裁判例が積み重ねられ,憲法31条及び37条の精神並びに直接主義及び口頭主義の趣旨を踏まえた刑訴法400条ただし書の解釈として,第1審判決が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言い渡した場合に,控訴審が第1審判決を破棄し,犯罪事実を認定するときには,事実の取調べを要するとの実務が確立し,被告人の権利,利益の保護が図られてきた。

原判決は,判例変更をすべき理由として,刑訴法の仕組み及び運用が大きく変わり,第1審において厳選された証拠に基づく審理がされ,控訴審において第1審判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に指摘できる場合に限って事実誤認で破棄されること,起訴前国選弁護制度や取調べの録音録画の実施により被告人が黙秘権を行使することも多くなっていること,本件判例に抵触しないために検察官から請求された証拠を調べるとすると,取調べの必要性も第1審の弁論終結前に取調べを請求できなかったやむを得ない事由も認められない証拠を採用することになること等を挙げ,本件判例の解釈は現在ではその正当性に疑問があり,直接に事実の取調べをせずに自判しても,実質的にみて,被告人の権利,利益の保護において問題を生ずるものとは考えられないとの判断を示した。しかし,原判決が挙げる刑訴法の制度及び運用の変化は,裁判員制度の導入等を契機として,より適正な刑事裁判を実現するため,殊に第1審において,犯罪事実の存否及び量刑を決する上で必要な範囲で充実した審理・判断を行い,公判中心主義の理念に基づき,刑事裁判の基本原則である直接主義・口頭主義を実質化しようとするものであって,同じく直接主義・口頭主義の理念から導かれる本件判例の正当性を失わせるものとはいえない。そうすると,本件判例は,原判決の挙げる上記の諸事情を踏まえても,いまなおこれを変更すべきものとは認められない。原審は,本件公訴事実の存在を確定せず無罪を言い渡した第1審判決を事実誤認で破棄し,およそ何らの事実の取調べもしないまま本件公訴事実を認定して有罪の自判をしたのであって,原判決は,本件判例と相反する判断をしたものであるから,破棄を免れない。

4 以上からすれば,この点に関する検察官及び弁護人の論旨は理由がある。よって,弁護人のその余の上告趣意に対する判断を省略し,刑訴法405条2号,410条1項本文により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

平成28年(あ)第1808号 詐欺,覚せい剤取締法違反被告事件

平成30年12月14日 第二小法廷判決

主 文

原判決を破棄する。

本件控訴を棄却する。

理 由

検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は刑訴法411条3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。

第1 第1審判決及び原判決の要旨

1 第1審判決は,覚せい剤取締法違反の罪(使用)のほか,要旨以下のとおりの詐欺罪の犯罪事実を認定し,被告人を懲役2年6月に処した。被告人は,老人ホーム建設に関する名義貸しの解決金名目で現金をだまし取ろうと考え,A及び氏名不詳者らと共謀の上,平成26年12月15日頃及び同月16日,氏名不詳者らが,複数回にわたり,岡山県倉敷市所在のB方に電話をかけ,同人(当時77歳)に対し,C及びDを名乗り,Bが入居権を有する老人ホームの建設に関連して同人名義での名義貸しが行われており,同人がその名義貸しの刑事責任を免れるためには現金を送付する必要がある旨うそを言い,同人をその旨誤信させ,よって,同日,同人に,同人方から,千葉県市原市所在の被告人方住所にE宛ての現金30万円を宅配便で発送させ,同月17日,被告人が,同所において,その交付を受け(以下,この行為を「本件受領行為」という。),もって人を欺いて財物を交付させた。

2 被告人は,第1審判決に対して量刑不当を理由に控訴した。原判決は,詐欺の事実につき,職権で以下のとおり判示し,詐欺の故意は認められないとして第1審判決を破棄し,無罪を言い渡した。被告人が詐欺の共同正犯としての刑責を負うとするためには,詐欺の故意が認められる必要があり,本件受領行為の際において,配達される宅配便の内容物がA又は同人と意を通じた者が何らかの方法で人をだまして送付させた財物であることにつき,少なくとも未必的な認識が被告人にあり,それを認容して本件受領行為に及んだことが合理的な疑いを超えて証明されなければならないが,被告人がAや指示役との間で明示的な共謀をした上で本件受領行為に及んだとは認められない。また,本件受領行為に関連する外形的な事情からは,被告人に本件詐欺に関する故意があったことを推認することはできず,本件受領行為の際やその前後等において,被告人に本件詐欺に関する故意があったことを示す何らかの言動を見いだすことはできない。そして,被告人の捜査段階における自白供述を検討すると,本件詐欺に関連付けた回答を得るために誘導的にされた検察官の質問に対する答えとして引き出されたもので,本件受領行為の時点における実際の内心の状態を述べるものかどうか疑わしく,被告人が,その時点で本件荷物の内容物が詐欺の被害品であることの未必的な認識を有していたと合理的な疑いなく認定できるようなものではない。このことは被告人が本件受領行為に及んだ経緯及び仕事の要領等を併せ考慮しても変わることがないから,被告人の本件詐欺における故意を認定することができる証拠はない。

第2 当裁判所の判断

しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は以下のとおりである。

1 第1審判決及び原判決の認定並びに記録によると,本件の事実関係は以下のとおりである。被告人は,平成26年11月末から同年12月初め頃,知人の暴力団組員Aから,荷物を自宅で受け取ってバイク便に受け渡す仕事に誘われ,荷物1個につき5000円から1万円の報酬を払うと言われた。被告人は,Aの依頼が犯罪に関わる仕事ではないか不安に思い,荷物の中身を尋ねると,Aは,雑誌とか書類とかそういう関係のもの,絶対大丈夫などと答えた。被告人は,Aから何度も誘われ,家計が苦しかったことから,金を稼ぎたいと考えてAの依頼を引き受けた。被告人は,Aから,私書箱業務契約書,五,六名分の運転免許証の写し及びプリペイド式携帯電話機(以下「本件携帯電話」という。)を渡された上,仕事に関する連絡は本件携帯電話を使う,荷物が届く前に指示役の男が受取人の氏名を連絡す

るので,私書箱業務契約書の契約当事者欄に筆跡を変えて受取人と被告人の氏名等を記入する,荷物は絶対に開けない,荷物受領後に本件携帯電話で指示役に報告し,バイク便に荷物を渡したらAにも連絡するなどの指示を受けた。被告人は,Aらの指示に従って,自宅で,平成26年12月12日に1個,同月16日に1個,同月17日に本件荷物を含めて2個,同月26日に2個,それぞれ伝票の宛先欄に記載された受取人名を受領欄にサインして他人宛ての荷物を受け取った。被告人は,荷物を受け取ったことを指示役に報告し,約5分後に自宅に来たバイク便の男に荷物を渡し,後日,Aからおおむね約束どおりの金額の報酬を受け取った。

2 被告人は,Aの依頼を受けて,自宅に配達される荷物を名宛人になりすまして受け取り,直ちに回収役に渡す仕事を複数回繰り返し,多額の報酬を受領している。以上の事実だけでも,Aが依頼した仕事が,詐欺等の犯罪に基づいて送付された荷物を受け取るものであることを十分に想起させるものであり,被告人は自己の行為が詐欺に当たる可能性を認識していたことを強く推認させる。被告人は,捜査段階から,荷物の中身について現金とは思わなかった,インゴット(金地金),宝石類,他人名義の預金通帳,他人や架空名義で契約された携帯電話機等の可能性を考えたなどと供述するとともに,荷物の中身が詐欺の被害品である可能性を認識していたという趣旨の供述もしており,第1審及び原審で詐欺の公訴事実を認めている。被告人の供述全体をみても,自白供述の信用性を疑わせる事情はない。それ以外に詐欺の可能性があるとの認識が排除されたことをうかがわせる事情も見当たらない。このような事実関係の下においては,被告人は自己の行為が詐欺に当たるかもしれないと認識しながら荷物を受領したと認められ,詐欺の故意に欠けるところはなく,共犯者らとの共謀も認められる。それにもかかわらず,これらを認めた第1審判決に事実誤認があるとしてこれを破棄した原判決は,詐欺の故意を推認させる外形的事実及び被告人の供述の信用性に関する評価を誤り,重大な事実誤認をしたというべきであり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

よって,刑訴法411条3号により原判決を破棄することとし,なお,訴訟記録に基づいて検討すると,被告人を懲役2年6月に処した量刑判断を含め,第1審判決を維持するのが相当であり,被告人の控訴は理由がないから,同法413条ただし書,414条,396条によりこれを棄却し,当審における訴訟費用につき同法181条1項ただし書を適用することとし,裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

令和元年(あ)第1751号 傷害,強盗,窃盗被告事件

令和2年9月30日 第二小法廷決定

主 文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中230日を本刑に算入する。

理 由

弁護人の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反,事実誤認,再審事由の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。なお,所論に鑑み,同時傷害の特例を定めた刑法207条の適用について,職権で判断する。

1 原判決の認定及び記録によれば,第1審判決判示第1の傷害に関する事実関係は,次のとおりである。

(1) A及びB(以下「Aら」という。)は,被害者に対し暴行を加えることを共謀した上,平成29年12月12日午後9時23分頃,被害者のいるマンションの部屋に突入し,被害者に対し,カッターナイフで右側頭部及び左頬部を切り付け,多数回にわたり,顔面,腹部等を拳で殴り,足で蹴るなどの暴行を加えた。

(2) 被告人は,Aら突入の約5分後,自らも同部屋に踏み込んだ。被告人は,被害者がAらから激しい暴行を受けて血まみれになっている状況を目にして,Aらに加勢しようと考え,台所にあった包丁を取り出し,その刃先を被害者の顔面に向けた。この時点で,被告人は被害者に暴行を加えることについてAらと暗黙のうちに共謀を遂げた。その後,同月13日午前0時47分頃までの間に,同部屋において,被告人及びAは,脱出を試みて玄関に向かった被害者を2人がかりで取り押さえて引きずり,リビングルームに連れ戻し,こもごも,背部,腹部等を複数回蹴ったり踏み付けたりするなどの暴行を加えた。また,Aらは,被害者に対し,顔面を拳で殴り,たばこの火を複数回耳に突っ込み,革靴の底やガラス製灰皿等で頭部を殴り付け,はさみで右手小指を切り付けるなどの暴行を加え,Aが,千枚通しで被害者の左大腿部を複数回刺した。

(3) 被告人が共謀加担した前後にわたる一連の前記暴行の結果,被害者は,全治まで約1か月間を要する右第六肋骨骨折,全治まで約2週間を要する右側頭部切創,左頬部切創,左大腿部刺創,右小指切創,上口唇切創の傷害を負った。これらの傷害のうち,右側頭部切創及び左頬部切創については,被告人の共謀加担前のAらの暴行により,左大腿部刺創及び右小指切創については,共謀成立後の暴行により生じたものであるが,右第六肋骨骨折及び上口唇切創については,いずれの段階の暴行により生じたのか不明である。なお,被告人が加えた暴行は,右第六肋骨骨折の傷害を生じさせ得る危険性があったと認められるが,上口唇切創の傷害を生じさせ得る危険性があったとは認められない。

2 原判決は,以上の事実関係を前提に,「先行者の暴行に途中から後行者が共謀の上加担したが,被害者の負った傷害が加担前の暴行によるものか加担後の共同暴行によるものか不明な場合においては,加担前の先行者による暴行と加担後の共同暴行を観念することができるから,この各暴行の間に同時傷害の特例を適用することは妨げられないというべきである」と説示し,被告人の共謀加担前のAらによる暴行と被告人の共謀加担後の共同暴行は,いずれも右第六肋骨骨折及び上口唇切創を生じさせ得る具体的危険性を有し,同一の機会に行われたものであるから,被告人は,左大腿部刺創及び右小指切創について傷害罪の共同正犯としての責任を負うだけでなく,刑法207条の適用により,右第六肋骨骨折及び上口唇切創についても傷害罪の責任を負うとの判断を示した。

3 所論は,先行者の暴行に途中から後行者が共謀の上加担したが,被害者の負った傷害が共謀加担前の先行者の暴行によるものか共謀加担後の共同暴行によるものか不明な場合には,先行者が当該傷害についての責任を負うから,後行者について刑法207条を適用することはできないという。同時傷害の特例を定めた刑法207条は,二人以上が暴行を加えた事案においては,生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み,共犯関係が立証されない場合であっても,例外的に共犯の例によることとしている。同条の適用の前提として,検察官が,各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと,すなわち,同一の機会に行われたものであることを証明した場合,各行為者は,自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,傷害についての責任を免れない(最高裁平成27年(あ)第703号同28年3月24日第三小法廷決定・刑集70巻3号1頁参照)。刑法207条適用の前提となる上記の事実関係が証明された場合,更に途中から行為者間に共謀が成立していた事実が認められるからといって,同条が適用できなくなるとする理由はなく,むしろ同条を適用しないとすれば,不合理であって,共謀関係が認められないときとの均衡も失するというべきである。したがって,他の者が先行して被害者に暴行を加え,これと同一の機会に,後行者が途中から共謀加担したが,被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたものとまでは認められない場合であっても,その傷害を生じさせた者を知ることができないときは,同条の適用により後行者は当該傷害についての責任を免れないと解するのが相当である。先行者に対し当該傷害についての責任を問い得ることは,同条の適用を妨げる事情とはならないというべきである。また,刑法207条は,二人以上で暴行を加えて人を傷害した事案において,その傷害を生じさせ得る危険性を有する暴行を加えた者に対して適用される規定であること等に鑑みれば,上記の場合に同条の適用により後行者に対して当該傷害についての責任を問い得るのは,後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであるときに限られると解するのが相当である。後行者の加えた暴行に上記危険性がないときには,その危険性のある暴行を加えた先行者との共謀が認められるからといって,同条を適用することはできないというべきである。これを本件訴訟手続の流れに即していえば,本件は,検察官が先行者と後行者である被告人との間に当初から共謀が存在した旨主張し,被告人がその共謀の存在を否定したが,証拠上,途中からの共謀が認められるという事案であるところ,このような被告人について刑法207条を適用するに当たっては,先行者との関係で,その傷害を生じさせた者を知ることができないか否かが問題となり,検察官において,先行者及び被告人の各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること並びに各暴行が同一の機会に行われたものであることを証明した場合,被告人は,自己の加えた暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,先行者の加えた暴行と被告人の加えた暴行のいずれにより傷害が生じたのかを知ることができないという意味で,「その傷害を生じさせた者を知ることができないとき」に当たり,当該傷害についての責任を免れないのである。

本件において,被告人が共謀加担した前後にわたる一連の前記暴行は,同一の機会に行われたものであるところ,被告人は,右第六肋骨骨折の傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えており,刑法207条の適用により同傷害についての責任を免れない。これに対し,被告人は,上口唇切創の傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えていないから,同条適用の前提を欠いている。そうすると,原判決には,被告人が同傷害についても責任を負うと判断した点で,同条の解釈適用を誤った法令違反があるといわざるを得ないが,この違法は判決に影響を及ぼすものとはいえない。

よって,刑訴法414条,386条1項3号,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。