民事裁判例

平成30年(受)第1856号 損害賠償請求事件

令和2年7月9日 第一小法廷判決


主 文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理 由

上告代理人高橋達朗ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

1 本件は,交通事故によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った被上告人が,加害車両の運転者である上告人Y1に対しては民法709条に基づき,加害車両の保有者である上告人日本ホワイトファーム株式会社に対しては自動車損害賠償保障法3条に基づき,損害賠償を求めるとともに,加害車両につき上告人日本ホワイトファームとの間で対人賠償責任保険契約を締結していた保険会社である上告人損害保険ジャパン株式会社に対しては同保険契約に基づき,上告人Y1又は上告人日本ホワイトファームと被上告人との間の判決の確定を条件に,上記損害賠償の額と同額の支払を求める事案である。後遺障害による逸失利益につき,被上告人が定期金による賠償を求めていることから,同逸失利益が定期金による賠償の対象となるか否かなどが争われている。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。被上告人(平成14年8月生まれ。当時4歳)は,平成19年2月3日,道路を横断していたところ,上告人Y1が運転する大型貨物自動車に衝突される交通事故(以下「本件事故」という。)に遭った。本件事故における過失割合は,上告人Y1が8割であり,被上告人側が2割である。被上告人は,本件事故により脳挫傷,びまん性軸索損傷等の傷害を負い,その後,高次脳機能障害の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残った。本件後遺障害は,自動車損害賠償保障法施行令別表第2第3級3号に該当するものであり,被上告人は,これにより労働能力を全部喪失した。被上告人は,本件において,本件後遺障害による逸失利益として,その就労可能期間の始期である18歳になる月の翌月からその終期である67歳になる月までの間に取得すべき収入額を,その間の各月に,定期金により支払うことを求めている。

3 所論は,後遺障害による逸失利益は不法行為時に一定の内容のものとして発生しており,また,定期金による賠償は,賠償をすべき期間が被害者の死亡により終了する性質の債権についてのみ認められるべきであるから,同逸失利益が定期金による賠償の対象となることは否定されるのに,これを肯定した上,定期金による賠償を認める必要性及び相当性の要件を欠くにもかかわらず,本件後遺障害による逸失利益として,上記就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とせずに,同期間の終期までの間に被上告人が取得すべき収入額につき定期金による賠償を命じた原審の判断には,法令の解釈適用の誤りがある旨をいうものである。同一の事故により生じた同一の身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償債務は1個であり,その損害は不法行為の時に発生するものと解される(最高裁昭和43年(オ)第943号同48年4月5日第一小法廷判決・民集27巻3号419頁,最高裁昭和55年(オ)第1113号同58年9月6日第三小法廷判決・民集37巻7号901頁等参照)。したがって,被害者が事故によって身体傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労働能力の全部又は一部の喪失により将来において取得すべき利益を喪失したという損害についても,不法行為の時に発生したものとして,その額を算定した上,一時金による賠償を命ずることができる。しかし,上記損害は,不法行為の時から相当な時間が経過した後に逐次現実化する性質のものであり,その額の算定は,不確実,不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ないものであるから,将来,その算定の基礎となった後遺障害の程度,賃金水準その他の事情に著しい変更が生じ,算定した損害の額と現実化した損害の額との間に大きなかい離が生ずることもあり得る。民法は,不法行為に基づく損害賠償の方法につき,一時金による賠償によらなければならないものとは規定しておらず(722条1項,417条参照),他方で,民訴法117条は,定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えを提起することができる旨を規定している。同条の趣旨は,口頭弁論終結前に生じているがその具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような性質の損害については,実態に即した賠償を実現するために定期金による賠償が認められる場合があることを前提として,そのような賠償を命じた確定判決の基礎となった事情について,口頭弁論終結後に著しい変更が生じた場合には,事後的に上記かい離を是正し,現実化した損害の額に対応した損害賠償額とすることが公平に適うということにあると解される。そして,不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補塡して,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり,また,損害の公平な分担を図ることをその理念とするところである。このような目的及び理念に照らすと,交通事故に起因する後遺障害による逸失利益という損害につき,将来において取得すべき利益の喪失が現実化する都度これに対応する時期にその利益に対応する定期金の支払をさせるとともに,上記かい離が生ずる場合には民訴法117条によりその是正を図ることができるようにすることが相当と認められる場合があるというべきである。以上によれば,交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において,上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となるものと解される。

また,交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について一時金による賠償を求める場合における同逸失利益の額の算定に当たっては,その後に被害者が死亡したとしても,交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,同死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではないと解するのが相当である(最高裁平成5年(オ)第527号同8年4月25日第一小法廷判決・民集50巻5号1221頁,最高裁平成5年(オ)第1958号同8年5月31日第二小法廷判決・民集50巻6号1323頁参照)。上記後遺障害による逸失利益の賠償について定期金という方法による場合も,それは,交通事故の時点で発生した1個の損害賠償請求権に基づき,一時金による賠償と同一の損害を対象とするものである。そして,上記特段の事情がないのに,交通事故の被害者が事故後に死亡したことにより,賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ,他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害の塡補を受けることができなくなることは,一時金による賠償と定期金による賠償のいずれの方法によるかにかかわらず,衡平の理念に反するというべきである。したがって,上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずる場合においても,その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したからといって,上記特段の事情がない限り,就労可能期間の終期が被害者の死亡時となるものではないと解すべきである。そうすると,上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たっては,交通事故の時点で,被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しないと解するのが相当である。

以上を本件についてみると,被上告人は本件後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めているところ,被上告人は,本件事故当時4歳の幼児で,高次脳機能障害という本件後遺障害のため労働能力を全部喪失したというのであり,同逸失利益は将来の長期間にわたり逐次現実化するものであるといえる。これらの事情等を総合考慮すると,本件後遺障害による逸失利益を定期金による賠償の対象とすることは,上記損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるというべきである。また,本件後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たり,被上告人について,上記特段の事情はうかがわれない。

5 以上によれば,所論の点に関する原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


なお,裁判官小池裕の補足意見がある。

裁判官小池裕の補足意見は,次のとおりである。

私は,法廷意見に賛同するものであるが,補足して意見を述べておきたい。

1 事故に起因する後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命じた場合において,その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したときにも就労可能期間の終期が被害者の死亡時となるものではないとすると,被害者の死亡後もその遺族等に対する定期金による賠償の支払義務が継続することになるが,この点については違和感があるという指摘もあろう。しかし,このような場合,被害者の死亡によってその後の期間について後遺障害等の変動可能性がなくなったことは,損害額の算定の基礎に関わる事情に著しい変更が生じたものと解することができるから,支払義務者は,民訴法117条を適用又は類推適用して,上記死亡後に,就労可能期間の終期までの期間に係る定期金による賠償について,判決の変更を求める訴えの提起時における現在価値に引き直した一時金による賠償に変更する訴えを提起するという方法も検討に値するように思われ,この方法によって,継続的な定期金による賠償の支払義務の解消を図ることが可能ではないかと考える。

2 定期金による賠償に関する実体規定が存しないことから,どのような場合に,あるいは,どのような事情を考慮して定期金による賠償の対象となると解することができるか(相当性の判断)については,解釈に委ねられている。この点については,不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らし,定期金による賠償制度の趣旨,手続規定である判決の変更を求める訴えの提起の要件との関連性等を考慮して検討すべきものであると考えられ,定期金による賠償に伴う債権管理等の負担,損害賠償額の等価性を保つための擬制的手法である中間利息控除に関する利害を考慮要素として重視することは相当ではないように思われる。

平成30年(受)第2064号 請負代金請求本訴,建物瑕疵修補等

請求反訴事件

令和2年9月11日 第二小法廷判決

主 文

1 原判決を次のとおり変更する。

第1審判決を次のとおり変更する。

(1) 被上告人は,上告人に対し,562万1800円及びこれに対する平成26年8月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2) 上告人のその余の本訴請求を棄却する。

(3) 被上告人の反訴請求を棄却する。

2 訴訟の総費用は,これを7分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。

理 由

上告代理人大橋弘美の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

1 本件本訴は,被上告人から建物の増築工事を請け負った上告人が,被上告人に対し,請負代金及びこれに対する平成25年12月4日からの遅延損害金の支払等を求める事案であり,本件反訴は,被上告人が,上告人に対し,上記建物の増築部分に瑕疵があるなどと主張し,瑕疵修補に代わる損害賠償金及びこれに対する平成26年7月2日からの遅延損害金の支払等を求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,平成25年9月,建築物の設計,施工等を営む上告人との間で,請負代金額を750万円として自宅建物の増築工事の請負契約を締結した。被上告人は,その後,同年11月までの間に,上告人に対し,上記工事の追加変更工事を発注した(以下,追加変更工事を含めた契約を「本件請負契約」という。)。

(2) 上告人は,平成25年12月までに,上記増築工事及び追加変更工事を完成させ,完成した自宅建物の増築部分を被上告人に引き渡した。

(3) 本件請負契約に基づく請負代金の額は829万1756円である。他方,上記増築部分には瑕疵が存在し,これにより被上告人が被った損害の額は266万9956円である。

(4) 上告人は,平成26年3月,本件本訴を提起し,被上告人は,同年6月,本件反訴を提起した。上告人は,同年8月8日の第1審口頭弁論期日において,被上告人に対し,本訴請求に係る請負代金債権を自働債権とし,反訴請求に係る瑕疵修補に代わる損害賠償債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をし(以下「本件相殺」という。),これを反訴請求についての抗弁(以下「本件相殺の抗弁」という。)として主張した。

3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断した上で,同時履行の関係に立つ本訴請求債権と反訴請求債権については遅延損害金が発生しないとして,上告人の本訴請求を上記請負代金の支払を求める限度で認容し,被上告人の反訴請求を上記損害の賠償金の支払を求める限度で認容した。係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されず,このことは,別訴が併合審理された場合であっても,既判力が抵触する可能性がある以上,異なることはない。本訴原告が,反訴において,本訴における請求債権を自働債権として相殺の抗弁を主張する場合にも,本訴と反訴の弁論を分離することは禁止されていないから,同様に許されないというべきである。したがって,上告人が本件相殺の抗弁を主張することは,重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反し,許されない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。請負契約における注文者の請負代金支払義務と請負人の目的物引渡義務とは対価的牽連関係に立つものであるところ,瑕疵ある目的物の引渡しを受けた注文者が請負人に対して取得する瑕疵修補に代わる損害賠償債権は,上記の法律関係を前提とするものであって,実質的,経済的には,請負代金を減額し,請負契約の当事者が相互に負う義務につきその間に等価関係をもたらす機能を有するものである。しかも,請負人の注文者に対する請負代金債権と注文者の請負人に対する瑕疵修補に代わる損害賠償債権は,同一の原因関係に基づく金銭債権である。このような関係に着目すると,上記両債権は,同時履行の関係にあるとはいえ,相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとはいえず,両債権の間で相殺を認めても,相手方に不利益を与えることはなく,むしろ,相殺による清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない,法律関係を簡明にするものであるといえる(最高裁昭和52年(オ)第1306号,第1307号同53年9月21日第一小法廷判決・裁判集民事125号85頁参照)。上記のような請負代金債権と瑕疵修補に代わる損害賠償債権の関係に鑑みると,上記両債権の一方を本訴請求債権とし,他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属している場合に,本訴原告から,反訴において,上記本訴請求債権を自働債権とし,上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁が主張されたときは,上記相殺による清算的調整を図るべき要請が強いものといえる。それにもかかわらず,これらの本訴と反訴の弁論を分離すると,上記本訴請求債権の存否等に係る判断に矛盾抵触が生ずるおそれがあり,また,審理の重複によって訴訟上の不経済が生ずるため,このようなときには,両者の弁論を分離することは許されないというべきである。そして,本訴及び反訴が併合して審理判断される限り,上記相殺の抗弁について判断をしても,上記のおそれ等はないのであるから,上記相殺の抗弁を主張することは,重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反するものとはいえない。したがって,請負契約に基づく請負代金債権と同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権の一方を本訴請求債権とし,他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中に,本訴原告が,反訴において,上記本訴請求債権を自働債権とし,上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を主張することは許されると解するのが相当である。

5 以上によれば,本件相殺の抗弁を主張することは許されないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。そして,請負代金債権を自働債権として瑕疵修補に代わる損害賠償債権と相殺する旨の意思表示をした場合,注文者は,請負人に対する相殺後の請負残代金債務について,相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負うと解される(最高裁平成5年(オ)第2187号,同9年(オ)第749号同年7月15日第三小法廷判決・民集51巻6号2581頁参照)。以上説示したところによれば,本訴請求は,本件相殺後の請負残代金562万1800円及びこれに対する本件相殺の意思表示をした日の翌日である平成26年8月9日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の本訴請求及び反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。したがって,原判決を主文第1項のとおり変更することとする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


平成30年(受)第1429号 債務確認請求本訴,求償金請求反訴事件

令和2年2月28日 第二小法廷判決


主 文

原判決中,上告人の本訴請求に関する部分を破棄する。

前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理 由

上告代理人青木苗子,上告復代理人新内谷早紀の上告受理申立て理由について

1 本件本訴請求は,被上告人の被用者であった上告人が,被上告人の事業の執行としてトラックを運転中に起こした交通事故に関し,第三者に加えた損害を賠償したことにより被上告人に対する求償権を取得したなどと主張して,被上告人に対し,求償金等の支払を求めるものである。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,貨物運送を業とする資本金300億円以上の株式会社であり,全国に多数の営業所を有している。被上告人は,その事業に使用する車両全てについて自動車保険契約等を締結していなかった。

(2) 上告人は,平成17年5月,被上告人に雇用され,トラック運転手として荷物の運送業務に従事していた。

(3) 上告人は,平成22年7月26日,上記業務としてトラックを運転中,信号機のない交差点を右折する際,同交差点に進入してきたAの運転する自転車に上記トラックを接触させ,Aを転倒させる事故(以下「本件事故」という。)を起こした。Aは,同日,本件事故により死亡した。被上告人は,Aの治療費として合計47万円余りを支払った。

(4) Aの相続人は,その長男及び二男(以下,それぞれ単に「長男」,「二男」という。)であった。

(5) 二男は,平成24年10月,被上告人に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。平成25年9月,二男と被上告人との間で訴訟上の和解が成立し,被上告人は,二男に対して和解金1300万円を支払った。

(6) 長男は,平成24年12月,上告人に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。第1審裁判所は,平成26年2月,46万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡した。上告人は,同年3月,上記判決に従い,長男に対して52万円余りを支払った。長男が上記判決を不服として控訴したところ,控訴審裁判所は,平成27年9月,上記判決を変更し,1383万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡し,その後,同判決は確定した。

(7) 上告人は,平成28年6月,上記判決に従い,長男のために1552万円余りを有効に弁済供託した。

3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の本訴請求を棄却した。被用者が第三者に損害を加えた場合は,それが使用者の事業の執行についてされたものであっても,不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し,負担すべきものである。民法715条1項の規定は,損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず,被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において,使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが,これは,信義則上,権利の行使が制限されるものにすぎない。したがって,被用者は,第三者の被った損害を賠償したとしても,共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き,使用者に対して求償することはできない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁,最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人の本訴請求に関する部分は破棄を免れない。そして,上告人が被上告人に対して求償することができる額について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

なお,裁判官菅野博之,同草野耕一の補足意見,裁判官三浦守の補足意見がある。

裁判官菅野博之,同草野耕一の補足意見は,次のとおりである。

私たちは法廷意見に賛同するものであるが,更に審理を尽くさせるために本件を原審に差し戻した趣旨について,敷衍して述べておきたい。

1 当審が原審に求めている審理事項は,本件事故による損害に関して各当事者が負担すべき額であり,その際に考慮すべき諸事情は法廷意見で述べたとおりである。これらの諸事情のうち本件においてまず重視すべきものは,上告人及び被上告人各自の属性と双方の関係性である。これを具体的にいえば,使用者である被上告人は,貨物自動車運送業者として規模の大きな上場会社であるのに対し,被用者である上告人は,本件事故当時,トラック運転手として被上告人の業務に継続的かつ専属的に従事していた自然人であるという点である。使用者と被用者がこのような属性と関係性を有している場合においては,通常の業務において生じた事故による損害について被用者が負担すべき部分は,僅少なものとなることが多く,これを零とすべき場合もあり得ると考える。なぜなら,通常の業務において生じた事故による損害について,上記のような立場にある被用者の負担とするものとした場合は,被用者に著しい不利益をもたらすのに対し,多数の運転手を雇って運送事業を営んでいる使用者がこれを負担するものとした場合は,使用者は変動係数の小さい確率分布に従う偶発的財務事象としてこれに合理的に対応することが可能であり,しかも,使用者が上場会社であるときには,その終局的な利益帰属主体である使用者の株主は使用者の株式に対する投資を他の金融資産に対する投資と組み合わせることによって自らの負担に帰するリスクの大きさを自らの選好に応じて調整することが可能だからである。さらに付け加えると,使用者には,財務上の負担を軽減させる手段として業務上発生する事故を対象とする損害賠償責任保険に加入するという選択肢が存在するところ,被上告人は,自己の営む運送事業に関してそのような保険に加入せず,賠償金を支払うことが必要となった場合には,その都度自己資金によってこれを賄ってきたというのである(以下,このような企業の施策を「自家保険政策」という。)。被上告人が自家保険政策を採用したのは,その企業規模の大きさ等に照らした上で,そうすることが事業目的の遂行上利益となると判断したことの結果であると考えられる。他方で,上告人は,被上告人が自家保険政策を採ったために,企業が損害賠償責任保険に加入している通常の場合に得られるような保険制度を通じた訴訟支援等の恩恵を受けられなかったという関係にある。以上の点に鑑みるならば,使用者である被上告人が自家保険政策を採ってきたことは,本件における使用者と被用者の関係性を検討する上で,使用者側の負担を減少させる理由となる余地はなく,むしろ被用者側の負担の額を小さくする方向に働く要素であると考えられる。

2 なお,事案によっては,各当事者が負担すべき額を検討するに当たって,①不法行為の加害者でもある被用者の負担金額が矯正的正義の理念に反するほどに過少なものとなったり,あるいは,②今後同種の業務に従事する者らが適正な注意を尽くして行動することを怠る誘因となるほどに過少なものとなったりすることがないように配慮する必要がある場合もあろう。しかしながら,本件に関しては,上告人は,本件事故を起こしたことについて自動車運転過失致死罪として執行猶予付きながら有罪の判決を受けていること,本件事故当時の固定給が毎月6万円(歩合給や残業代を含めると22万円ないし25万円)であったのに対し,本件事故に際して「罰則金」なる名目で被上告人から40万円を徴収されていること,上告人の被上告人における勤務態度は真面目で本件事故が起きるまで別段の問題を起こしたこともなかったが,本件事故後に被上告人を退職することになったこと,本件事故に関して被害者の遺族の一人から損害賠償請求訴訟を提起され,前述のとおり被上告人が自家保険政策を採ってきたことの結果として保険会社からの支援を得られないまま,長年にわたり当該訴訟への対応を余儀なくされたことが認められるのであって,このように上告人が本件事故に起因して様々な不利益を受けていることからすれば,本件は,上記①及び②の点に関する配慮が必要な事案ではないと考えられる。

3 差戻審においては,各当事者の主張の展開を踏まえつつ,上記に述べた上告人及び被上告人の属性と関係性その他の諸事情を適切に考慮した上で,損害の公平な分担額について判断されるべきであると考える。

裁判官三浦守の補足意見は,次のとおりである。

貨物自動車運送事業に関し,被用者が使用者に対して求償することができる額の判断に当たり考慮すべき点について付言する。貨物の円滑な流通は,我が国における経済活動及び国民生活の重要な基盤であり,貨物自動車運送事業は,その流通の中心的な役割を担うものであるから,その健全な発展を図ることは,我が国社会にとって重要な課題である。そのため,貨物自動車運送事業法は,この事業の運営を適正かつ合理的なものとすること等を目的として(1条),一般貨物自動車運送事業を国土交通大臣による許可制とし(3条),その許可基準の一つとして,「その事業を自ら適確に,かつ,継続して遂行するに足る経済的基盤及びその他の能力を有するものであること」を定めている(6条3号。平成30年法律第96号による改正前は「その事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであること」と定められていたが,基本的な趣旨は変わらないものと解される。)。そして,国土交通大臣は,その審査に当たり,貨物の運送に関し支払うことのある損害賠償の支払能力を審査することが省令で明確化されたが(令和元年国土交通省令第27号により追加された貨物自動車運送事業法施行規則3条の6第3号),これは,貨物自動車運送事業が,その事業の性質上,貨物自動車による交通事故を含め,事業者が貨物の運送に関し損害賠償義務を負うべき事案が一定の可能性をもって発生することを前提として,事業者がその義務を十分に果たすことが事業を適確かつ継続的に遂行する上で不可欠と考えられることによる。したがって,事業者がその許可を受けるに当たっては,計画する事業用自動車の全てについて,自動車損害賠償責任保険等に加入することはもとより,一般自動車損害保険(任意保険)を締結するなど,十分な損害賠償能力を有することが求められる(「一般貨物自動車運送事業及び特定貨物自動車運送事業の許可及び事業計画変更認可申請等の処理について」(平成15年2月14日付け国自貨第77号)参照)。このことは,この事業の遂行に伴う交通事故の被害者等の救済にとって重要であることはいうまでもないが,それとともに,貨物自動車運転者である被用者の負担軽減という意味でも重要である。日常的に使用者の事業用自動車を運転して業務を行う被用者としては,その業務の性質上,自己に過失がある場合も含め交通事故等を完全に回避することが事実上困難である一方で,自ら任意保険を締結することができないまま,重い損害賠償義務を負担しなければならないとすると,それは,被用者にとって著しく不利益で不合理なものというほかない。その意味で,これは,この事業を支える貨物自動車運転者の雇用に関する重要な問題といってよい。事業者である使用者に対し,事業用自動車の全てについて十分な損害賠償能力を求めることは,任意保険又は使用者の負担において,その損害賠償を行うことによって,被用者の負担を大きく軽減し又は免れさせ,ひいては,この事業の継続に必要な運転者の確保に資するという意味でも重要な意義がある。上記の許可基準は,以上のような趣旨を含むものと理解することができ,法廷意見が述べるような,被用者が使用者に対して求償することができる額の判断に当たっては,こうした点も考慮する必要がある。特に,使用者が事業用自動車について任意保険を締結した場合,被用者は,通常その限度で損害賠償義務の負担を免れるものと考えられ,使用者が,経営上の判断等により,任意保険を締結することなく,自らの資金によって損害賠償を行うこととしながら,かえって,被用者にその負担をさせるということは,一般に,上記の許可基準や使用者責任の趣旨,損害の公平な分担という見地からみて相当でないというべきである。